映画公園僕日記

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<<   作成日時 : 2007/04/28 23:54   >>

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原題:Babel
監督・製作:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
製作:スティーブ・ゴリン、ジョン・キリク
脚本:ギジェルモ・アリアガ
撮影:ロドリゴ・プリエト
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司、菊地凛子、アドリアナ・バラッサ、二階堂智、エル・ファニング
2006年/アメリカ=メキシコ合作


遥か遠い昔、言葉は一つだった。人間たちは神に近付こうと、天まで届く塔を建てようとした。怒った神は言葉を乱し、世界はバラバラになった−−−。旧約聖書の創世記に記された、バベルと呼ばれた街の物語だ。21世紀の今、この星全体が”バベル”のようになってしまった。世界のあちこちで争いが絶えないばかりか、もはや言葉が通じる隣人うあ親子でさえも心を通わせることができない。かつてない急速な発展を遂げた情報化社会に暮らしているのはどこにも届かない想いを抱えてさまよう私たちの孤独な魂なのだ。

それでそれで??
とストーリーを追っているうちにエンドロールが流れてきて
満足いかぬうちにラストに
もう一山 感情の起伏を期待してしまいました

劇中よりも
あとで振り替えった時にじわりと押し寄せる想いが残るので
製作者の意図に適った仕上がりというところでしょうか

言葉が違うとすべてが伝わらないのかというとそうでもなくて
神がバラバラにした言葉だったけれど
境界線をつくっているのは言葉じゃなくて自分たち自身の中にあるんですね
※プロダクションノートより
人間の一番の悲劇は愛し愛される能力に欠けていること、
愛こそが、すべての人間に生と死に意味を与えるものなのに


なんでしょう
言葉の持つ意味が浅はかに見えました
そうはいっても僕自身ももちろん言葉を使って生活しているし
言葉が基準なのはあたり前なのだけど
でも言葉って結局はそこまでじゃんか

一喜一憂させられたりするのも言葉だけど
だけどときには真実とは違うことを意味する言葉だってあるんだと思うと
言葉だけじゃなくて
もっと本質的なところに意味があるはずなのに
いつもそこにある言葉に惑わされれてるんだよな
言葉と裏腹な駆け引きが恋愛なんかでは楽しかったりもするけれど・・

劇中出てくるモロッコの現地のお婆さん?(・・だろうな)
何を言っているのか分からなかったけど
あの人の肌が触れるたびに安堵感が訪れたのは確か

そういうことなんだと思う

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ただどうも構成や編集に監督の興味が向いてしまっていて
主軸であるはずのテーマの部分の印象が薄かったです
もったいナイ!!

そしてー、余談ですけども
今回ブラピ&ケイト演じる夫婦の子役の女の子の方は
ダコタ・ファニングの実妹なんだって
ファニング家すごいわー

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